<新訳>白鳥の湖[二幕]|概要とあらすじの紹介&小説の掲載
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どうもこんにちは、奴(やっこ)です。
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「白鳥の湖」と言うと、バレエの演目の中でも群を抜いて有名な作品ですよね。
バレエに詳しくなくても、この演目だけ知っている、という方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。
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「チャイコフスキー3大バレエ」の一つに含まれています。
チャイコフスキーにとって、この作品が、初のバレエ音楽の作曲だったそうです。
ヨハン著の童話「奪われたヴェール」を元に構想が考えられ、
ロシア・ボリショイ劇場の依頼によって作曲されました。(1876年)
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実は、当初の反響は乏しいもので、
何度かの再演も虚しく、お蔵入りになったことがありました。
しかしその後、プティパやその弟子イワノフによって完成させられ、
チャイコフスキーの没後2年目に再び公演されることになったのでした。(1895年)
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それから、様々な場所で公演されることになるのですが、
それぞれ振付師によって、その物語が異なっています。
そして現在では、ハッピーエンドとバッドエンド、なんと2つの結末が認められています。
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こうした歴史ある古典バレエ作品「白鳥の湖」
今回は、その第二章・二幕のあらすじを紹介するとともに、
物語を元に創作した小説 <新訳>白鳥の湖 を掲載したいと思います。
小説を読みながら、「白鳥の湖」という物語の内容を楽しく知っていただけると、嬉しいです。
白鳥の湖 あらすじ・二幕

友人たちと森の湖畔に辿り着いた王子ジークフリード。
白鳥たちのいる湖へ月の光が差し込むと、
白鳥たちはたちまち娘の姿へと変わっていきます。
その中でもひと際美しい女性はオデットと名乗り、
彼らの身の上を王子に訴え始めます。
それによると、彼女たちは悪魔・ロットバルトの呪いによって白鳥へと姿を変えられており、
夜の間だけ人の形に戻ることが出来るのでした。
また呪いを解くための方法とは、たった一つ、
まだ誰も愛したことのない男性に永遠の愛を誓ってもらうことでした。
悲愴な身のオデットに惹かれた王子ジークフリードは、
彼女に明日の舞踏会に来るようにと告げるのでした。
<新訳>白鳥の湖・二幕
王子ジークフリードの最古の記憶として発掘されるのは、気管支を締め付けるような悲哀の土器であった。
一体何を欲していたのかはまるきり覚えていない。ただ当たり前に掌握できると思っていた事物が唐突に巨大な可能性を背景に持ったことへの、畏怖を含んだ途方に暮れた気持ち。
その感情は当然、彼がある程度まで成長すると、焦げ茶色の醜い粘土として眺められた。過去のワガママに懐かしみや慈しみを抱くことはまだ出来ない。
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そうした願望の届かない領域を受け入れる過程で、やがて王子は同じ種類の問題として、他者と自分の根本の明確な区別を認められるようになった。
すなわち、周囲の人間に比べて自分が生まれつき高尚な不可侵の存在であることを、親など”巨人”に教わったこととは別に自ずから理解したのだった。
そうしてそれから青年に変態するまで、ジークフリードは召し使いたちの機械仕掛けのような身振りや、貴族たちの低まった腰の形から、己という人間の構成要素を集め続けた。
(外観を気にかける思春期の心理が存分に働いていた。)
周囲の応対という相対的な要因は、見出す度に、彼の受ける優遇に妙な納得をもたらすのだった。
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事件というのは、山麓の所々に燃えるような朱の差し込む季節に起こった。
大広間に入ってすぐ左側の窓から見た、岩肌の目立つ崖のような丘には、濃縮された緑から弛緩した金までの見事なグラデーションが見られた。
風は皮膚をつねるような冷気を早くも背に乗せており、口に入れると、日向に放置した乾き切った麦芽パンのような味がした。木陰に留まると日差しの強い日でも寒いくらいだったことを覚えている。
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日の傾きかけた夕刻に、王子を乗せた馬車が礼拝堂の傍を通りすぎた。
その折にジークフリードが目撃した、叙情を誘うある風景が、彼の心に衝撃的な印象を刻みつけたのだ。
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礼拝堂の入り口の扉前の地べたに、みすぼらしい老婆が跪いていた。
奔放に伸びた乱れた白髪は、遠目からでも一つ一つの芯の貧弱なことが分かった。中に大量のシラミを飼育していたかもしれない。
薄汚れた衣服は、様々な箇所に引き裂かれた形跡が見られ、ほつれた糸が風の吹くたびに白髪と共に空中に踊った。黄土色も、それを上から包む茜色も、かなり褪せていたためほとんど同色に見え、識別が容易くなかった。
老婆の背中は、机や棚の角を連想させる無機質的な曲がり方をしていた。姿勢から王子は、掌はきっと節くれだっていて、関節が幹にあるコブのように膨らんでいるだろうと想像した。
人の温度に決して感化されない教会の白い壁を最後に視野に入れると、景観は木立の陰に完全に隠れてしまった。
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慈悲深い礼拝堂に立ち入ることすら許されない老婆の祈り。
これほど惨めで哀れな象徴としてジークフリードの中に君臨するものはなかった。彼にとっては、十字の形の項垂れた男と老婆は心象風景の中に重なり合うものだった。
あまりにも離れた次元に住む、にわかには見た記憶すら信じがたいシンボルだった。それは身の回りに提示される要素たちの領域を外れた、未知の要因によって構成されているのだった。
だから王子は、老婆の状態の成り立ちを土台から考えるしかなかった。
老婆の成分について、数週間にわたって研究された。
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結論が導かれる思索ではなかった。
代わりに、それは彼の生活に、半透明の反発力を組み込んだ。この機構を彼は、砂利に頬を擦りつけるようなはしたない感触とともに体内に感知することが出来る――。
以来ジークフリードは、あらかじめ定められた幸福を全身に浴びる度、決まってあの老婆に生温かい吐息を鼻先に吹きかけられるのだ。そうして皮膚下に蠢き出す嫌悪感に耐えなければならなくなった。
□
甲高い虫の音が右隣の茂みから耳穴に飛び込んでくる。鼓膜の叩き方は、乱暴なものもあれば、優しく擦るだけの清涼なものもあった。
風勢は昼間に比べて烈しく変わっていた。月明りが遮られると、ベナットの腕に下がっているランタンの灯りだけが頼りにされたので、王子たちは翳るごとに身を寄せ集めて進行した。
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しばらくすると、一同の眼前に静まり返った黒い湖畔が現れた。
光をほとんど反射せずに波打つ湖面は、粘度のある濃厚さ濃密さを表現していた。まるで夜に溢れかえった影たちが飽和状態に達して液体化したものの溜まり場であった。
更に驚いたことには、そこにはおびただしい数の白鳥が体を休めているのだった。それらは仄かに発光しているようにも見え、その籠った輝きが風景を一層幻想的なものへと仕上げていた。
「こちらを」
エルマーの差し出したのは、潔白な色の力強いあのボウガンであった。ベナットも灯りを掲げて王子の傍らに近づいた。
すでに矢の仕込まれたボウガンを受け取ると、それはこの世の何よりも堅固な状態の物体に感じられた。うかつに均衡を破ることに対して厳格な態度で向かい合っていた。
王子は黙ったままボウガンを構え、対岸の一羽に狙いを定めた。一回の深呼吸にかける時間を限りなく引き伸ばして、吸っているのか吐いているのか認知できないほど胸の上下幅を抑え込んだ。
そのまま月光の差し込むのを待った。
やがて対岸の白鳥が光に飲み込まれていく。対象が激的に輝きだしたことを受け、射出までもう一拍置くことにした。
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直ちに異変に気が付いた。
月明りに照らされた白鳥たちが次々と開いてゆく。
初めは、柔らかな両翼を一斉に広げているのかと考えたが、注視すると、それらは全身をユリの開花のごとく正に開いてゆくのだった。
「殿下」
クリストフが王子より二歩前に出た。エルマーはベナットからランタンを受け取ってジークフリードの隣に着いた。
気が付けば、湖畔には青白い肌の娘たちがくつろいでいた。
王子たち一行は唖然とした表情で、白鳥たちの姿が人間へと変貌する一部始終を鑑賞したのだった。
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代表者だろうか、対岸にて一人の女がこちらを見据えながら前に出た。大層美しい娘だった。
ジークフリードは足を踏み出し、
「殿下はここに――」
靴先が水面に少し浸かる位置まで歩いて、直立した。
その場に立つと、向かいの娘の顔はより一層美麗に映ったが、同じように月明りに当たって鮮明な眉の傾斜が、不憫な面持ちにも見せていた。
「お初にお目にかかります。……私は、名を、オデットと申します……」
「……ジークフリードという」
何事か尋ねなくてはならない使命感ばかりが時間とともに募っていった。
先ほど見せつけられた異様な光景は、王子を心の奥底まで圧倒し、一切の説明が不要であるような感を抱かせていた。そのため彼は的確な詰問が出来ないでいたのだった。
「混乱しておられるのも無理はありません……」
オデットは協力的な姿勢でジークフリードたちに彼女たちの身の上を打ち明け始めた。
彼女の態度に対して、王子の背後ではエルマーが露骨に安堵を呼出した。
「突拍子のないことで……驚きになるでしょうが――信じてくださるかどうか――私たちは、悪魔に、囚われているのです。悪魔ロットバルトによる呪いによって……白鳥の姿へと変えられてしまっているのです。……そうしてこの湖に縛られているのです――いいえ、悪魔です。悪魔ロットバルト――
決められた夜の間だけ、こうして人の姿に戻ることが許されています。……こうして貴殿方にこの姿をお見せできたことは……慈愛に満ちた神の……。
――この呪いをほどくには……貴殿のような純潔の男性と、永遠の愛を誓いを結ぶ……これより他に手はありません。
ああ、私どもはこの地に白鳥として生きながらえるしか……どうか救っていただけないものでしょうか?」
・
オデットの訴えは非常に虚弱な音で、聞き取りようによっては男に媚びる女の性質を孕んでいた。消え入るような音勢が、カゲロウの羽ばたきのように震える唇が、そう思わせるかもしれなかった。
しかしジークフリードは単純な男であったので、癇に障るどころか、オデットに自分を暴いてもらいたい心情が胸骨の合間から染み出した。「頑強に育ってくださった」王妃の言ったとおりの側面をオデットには知ってもらわなければならない。彼女たちに対する庇護欲を増大させた。
ふと王子は辺りを見回した。樹々や開けた空、背後の友人たちを視線でなぞった。湖畔は異質な静謐さに覆われており、そうして虫の息遣いすら聞こえてこなかったため、夢か現実か改めて判別する必要があった。
しかし確信を待たずに、
「私どもを、お救いいただけませんか……?」
「……分かった」
オデットは哀願し、ジークフリードが承諾した。
自身の返答の理由について、王子は漠然とした理解しか及んでいなかった。うるさい気配を放つ後ろの男たちに何を話そうか悩んだ。
手探りの触り心地によれば、彼はオデットに恋慕を持ったのでは決してなかった。このような美貌の持ち主と相対する折こそ、人は愛に対して慎重になるものである。
今ジークフリードの脳裏にあるのは、それこそオデットとの将来へのことごとく否定的な主張と、軽率な感情へ向ける雑言のアイデアたちだった。
また同情心が大きな働きをしているわけでもなかった。
王子には、そもそも白鳥たちの苦痛が、切実な苦悩として伝わっていなかった。
「……貴殿に、心より感謝を……心の底から――」
「明日、城で舞踏会が行われる。来てくれ」
王子は懐から告知の書かれた羊皮紙を取り出し、丸めて直してオデットへ向かって投げた。
投擲物は誰にも掴まれず、白鳥たちの間を落下し、地面の上にぶつかって、彼女たちの足元を転がった。
「ご機嫌麗しゅう。明日、お会いいたしましょう」
唐突にオデットの語調が焦りと緊張を含んだものに変わった。他の娘たちの視線もこちらから外れ、各々が自由な方向を観察した。対岸に妙な動揺が現れ始めていた。
その後湖畔に吹き下りた突風を皮切りに、虫たちの喧騒や草木同士の擦れ合う音が鮮明に聞こえるようになった。
ジークフリードは踵を返して、来た道を引き返した。
最後にもう一度だけ振り返って、オデットたちのいる対岸の風景を眺めた。
彼女たちが放っていた鋭利な白光は、すでに新鮮さを失っており、空気中に分散してぼやけて見えるのみだった。
反対に、今度は白鳥たちを背後から包む暗闇に焦点を合わせると、やはり身の震えの止まらないような破滅的な魅力が、ジークフリードの胸回りの皮膚を鷲掴みするのだった。
その途轍もない重厚な陰影が、ここでは実は自身の背後にも繋がっていることを悟った。
ジークフリードものみ込まれた。
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